青梅宿懐古自動車同窓会2021

[毎度おなじみのE藤さんが行って参りました!]

こっ、これはッ!!

言わずと知れたランボルギーニ・カウンタックのプロトタイプですが、本物はクラッシュテストに供され、現存していないのは有名な事実。調べてみたら MR-S をベースにレプリカを作られた方がいるんですね!

MR-S LP500
PROTOTIPO
全長 3,895mm 4,140mm
全幅 1,695mm 1,890mm
(長:幅) (2.3:1) (2.2:1)
全高 1,235mm 1,029mm
軸距 2,450mm 2,450mm

MR-Sの方が一回り小さく細長いのですが、なんと、ホイールベースは同一!幅は約20㎝、長さは約25㎝の差がありますが、その辺をなんとかしてあるのか?MR-Sの縦横比のままなのか?なんにせよ、出来の良さに脱帽いたします。

このMR-SベースのLP500プロト・レプリカのことを調べた際の副産物として、ランボルギーニ直属のレストア部門(ポロストリコ)が25,000時間もかけて、LP500プロトティーポを「再生産」したというニュースも見つけてしまいました。

さすがにメーカー謹製、コクピットも忠実に再現しています。

Lamborghini Countach LP500 Prototipo

LP500プロトティーポは、1971年、ジュネーブショーのベルトーネ・ブースでデビューしています。(市販は3年の開発期間を経て、1974年から始まっています)

ショーでは、3人の重鎮、左からベルトーネのチーフデザイナー「マルチェロ・ガンディーニ」(Marcello Gandini)、ベルトーネ社主「ヌッチオ・ベルトーネ」(Nuccio Bertone)、ランボルギーニのチーフエンジニア「パオロ・スタンツァーニ」(Paolo Stanzani)が揃い踏み。

ベルトーネの仕事

以下の有名なスケッチは、長らく、チーフデザイナーのガンディーニの手によるもの、と信じてきましたが、今回、彼のチーム員である「ファウスト・ボスカリオール」(Fausto Boscariol)によるものと知りました。
 

スケッチから実物へ・・・

縮尺モデルによる風洞実験。

縮尺モックアップの切断面に描かれているのは・・・

フルスケールのモックアップ。

子供のころには、あまりにのっぺりとして、未完成のように見えたプロトタイプも、今の目では、歴代カウンタックの中で、最も好ましく見えるから不思議な気がします。

当初、プロトに載せられていた5.0リッターV12エンジンは、テスト中にブローしてしまい、また熱的な問題もあり、市販車で実績のある4.0リッターV12に換装されています。

コクピット

ダッシュボード左側のディスプレイは、オンボード診断システムの表示部で、ライトやブレーキ、油温などの状態をリアルタイムに監視して、結果を表示していると主張しています(文字通り絵にかいた餅で、ハリボテだったのではないでしょうか)。

ペリスコープ

普通のミラーでは後方視界確保が心許ないことは明らか。ショーカーとしては、リアビューカメラあたりを装着して、先進性をデモンストレーションしたいところ。しかし当時のテクノロジーでは容易な術ではなく、次点の策としてペリスコープを採用、といったところではないでしょうか?

プロトのルーフはペリスコープのために膨らんでいます。

生産型では、ペリスコープは普通のバックミラーと組み合わされています。

ルーフ先端部の出っ張りはなくなっています。

1978年のLP400Sへのマイナーチェンジでペリスコープは廃止されています。

プロトのシャーシ

カウンタックの市販モデルには、緻密に組まれた「鋼管スペースフレーム」が採用されているのですが、

プロトタイプのシャーシは、ミウラの流儀を引き継いだ「前・セミモノコック+後・スペースフレーム」なのです。 

開発車両に使われたプロトタイプ

プロトタイプは、開発車両としても使用されました。

著名なランボルギーニの開発ドライバー
「ボブ・ウォレス」(Bob Wallace)

その5.0リッターV12はオーバーヒートに悩まされ、クーリング対策として、ボディ横にNACAダクトとリアピラーに巨大なエアダクトが追加されています。

開発過渡期では、吸気ダクトは大型化されていますが、排気ダクトはまだ付加されていません。

カウンタック2号車

1972年、プロトタイプに施された改良個所を取り込み、セミモノコックフレームを鋼管スペースフレームに変更した2号試作車(車台番号#1120001)が作製されました。

1973年3月のジュネーブショーにて、ランボルギーニ・ブースに展示された時は、赤ボディ・黒内装でした。

ダッシュボードは量産車とほぼ同じ形状になっています。残念ながら、プロトタイプの持つ未来的ムードは失われてしまいました。

同年10月のパリショーでは、同じ車が、黄緑ボディ・黄緑内装に衣装替えされて展示されました。この時、2本ワイパーが1本ワイパーに変更されています。

この2号車は、1974年に公道車としてスイスの顧客に売却されるのですが、この時、緑系でまとめられていた内装は茶系に変更されています。

カウンタック3号車

1974年のジュネーブショーに、黄ボディ・茶内装の3号試作車(車台番号#1120002)が展示されました。この最後の試作車の特徴は、量産車と同じ三分割されたサイドウインドウを持つことです。

プロトの最期・クラッシュテスト

「カウンタックのプロトタイプはクラッシュテストに供され現存しない」のフレーズは有名ですが、ここに、そのクラッシュテスト時の様子をご紹介いたします。

テストは、1974年3月、ヨーロッパにおける市販車としての認証を取得するために、英国の「MIRA技術研究所」で行われました。しかし・・・シャーシ構造が量産車とはまったく異なるプロトタイプを使って認証を得ていいのものだろうか、と当時も今も疑問です(笑)

衝突後、ドアが開くかどうかが試されるようです。

クレーンで持ち上げられた際のシャーシ画像が残っています。シャーシが量産車とは異なっていることは明らかです。

クラッシュテスト車両?事故修理にファクトリーに持ち込まれた?リア側もつぶれているから・・・スピンでもしたのかなあ??

Porsche 912 POLICE

ポルシェのパトカーと言うと、「新潟88 さ ・186」、新潟県警の「911SC」が有名ですね(地元のライオンズクラブから寄贈されたものだったとか)

スーパーカーブーム時代、スーパーカーカードの1枚としてフューチャーされていましたし、トミカもモデル化していて、よく知られた個体でありました。

この神奈川県警のポルシェ・パトカーは新潟県警のそれよりもさらに1世代前のナローモデルです。それも911ではなく912。(ポルシェは一時期、「911」と「356」の間を埋める車として、911のボディに356の4気筒エンジンを積んだ「912」をラインアップしていました)こんなパトカーが、それも神奈川県警で運用されていたなんて、まったく知りませんでした。

払い下げを受けた現オーナーによる口上書きは以下の通り。

世界のポルシェ912パトロールカー

日本 :: 神奈川県警

日本 :: 愛知県警

そういえば、イマイから1/21でポルシェのパトカーのプラモデルがあったなあ!それって、この912をキット化したものだったんですね!

当然と言えば当然のこととして、ノーマル912もあります。

以下のトミカは最近の作で、どうやら上の912がサルベージされ、世に出たことに合わせてモデル化されたもののようです。

パトカーのモデル化に合わせて、ノーマルバージョンもモデル化されています。


ほとんど同じものだから、911もモデル化されています。

911Sも出ていて、小スケールのミニカーといえども、細かな違いをきちんと反映しているところは、これらミニカーは、もはや「大人向け」なんでしょう。




912のポリスモデルは、世界的にはタルガ・ベースが多いようです。(1966年12月にポルシェ10万台目の生産車はポリスモデルでした)

Germany :: POLIZEI

Swiss :: POLIZEI

Belgium :: Gendarmerie

このモデルはホイールから911と思われますが、リアの取り付けられた「STOP」の電光掲示板が興味深く、ご紹介いたします。

Holland :: RUKSPOLITIE

Sweden :: POLIS

クラウンのパーソナルクーペ

世界の名だたる高級車メーカーは、常に遊びクルマとして2ドアクーペを、セダンのバリエーションとしてラインアップしてきました。

アメ車の高級セダンといえば、キャディラック。もちろん2ドアクーペはあります!キャディは1976(昭和51)年モデルまで「フルサイズ」を誇っていましたが、この大きさで2ドアですよ!!

日本の自動車メーカーにおいて、2L以上のクラス初のクーペは、「プリンス・スカイライン・スポーツ(1962(昭和37)年)」でありました。

同じころ、トヨタも日本の高級セダンの象徴クラウンをベースに2ドアクーペの試作を行っていました。

1960(昭和35)年 トヨペット・カスタムスポーツ

トヨタ本体とは無関係に、東京の久野自動車工業の製作。初代クラウンのシャシーに久野オリジナルのFRP製オープンボディを載せたカスタムカー。スポーティさを出すために、エンジンにはSUツインキャブレーターを装備し、内装はベンチシート&コラムシフトからセパレートシート&フロアシフトに大改造されています。実際に販売され、生産台数は5台、価格は135万円(トヨペットクラウンデラックスは96.5万円)でありました。

1961(昭和36)年 トヨペット・スポーツX

こちらはトヨタによる1961(昭和36)年に晴海で開催された「第8回・全日本自動車ショー」に展示された初代クラウン・ベースのショーカー。ナンバープレートには「1962」とあり、翌年デビューの2代目クラウンとの関連性をに匂わせてましたが、残念ながら2代目クラウンにクーペの設定はありませんでした。

1968(昭和43)年 3代目 「白いクラウン」

クラウンの2ドアクーペは3代目から始まり、4世代に渡ってカタログに並びました。

イメージカラーには、セダンの法人向け「黒」に対し、個人ユーザーにラブコールを送るべく「白」があてがわれました。

1971(昭和46)年 4代目 「エレガンツ・クラウン」

物議を醸したスピンドルシェイプ。巷では、「クジラ」と呼ばれました。

イメージカラーは大胆にも「赤」です!

1974(昭和49)年 5代目 「美しい日本のクラウン」

前作のスピンドルシェイプで攻め過ぎた反動から、保守本流の重厚なデザインとなりました。

重厚な中にも、オペラウィンドウ(Cピラーの小窓)という「遊び」も取り入れられています。

1979(昭和54)年 6代目 「日本の薫り」

好評だった5代目をキープコンセプト。

今度の「遊び」は、レザートップ。電動スライド式のガラス・サンルーフもオプション設定されています。

1981(昭和56)年、ソアラ2800GTが市販されると、クラウンのクーペモデルは使命を果たし、生産は終了しています。

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