2015/07/25-26 第38回 鈴鹿8時間耐久ロードレース (1/2)

(またまたイベント参加に精力的なE藤氏のレポートです)
今年も鈴鹿8耐を観戦してきました。

昨年度はパドックパスを忘れるという大失態を犯したので、今年はリベンジとしてピット上の席を確保しました。(3諭吉でした)パドック裏まで余すところなく撮ってきました。


■キアヌ・リーブスの影響でかい
今年の8耐はフランスのスポーツ専門チャンネル(http://www.eurosport.com/)で生中継されました。ストーナーやTECH3の参戦の影響もあるとは思いますが、キアヌが1枚噛んでいるようです。


キアヌ・リーブスが来たのは、自身が投資しているオートバイブランド、Archの宣伝なのだろうと思っていましたが、肝心のArchはグランドスタンド前にポツンと飾られていただけで、それだけッ?ってな具合でした。

Arch KRGT-1


キアヌによるデモランも正直、さして面白くはなかったですが・・・とはいえ、キアヌ様々なのは間違いないと思います。残念なことにロッシが来てもYahooニュースのトップにはならないでしょうから。


キアヌはバイクを題材にして映画を撮りたいとも言っていましたが、リップサービスでしょうか?

■新型R1が速い
ストレートで他車を抜いていくR1は初めて見ました。
今の8耐にはEWCとSSTというレギュレーションで別れた2つクラスのがありますが、両クラスとも優勝は新型R1でした。

6軸のセンサーが効いているのでしょうか、予選ではポルエス・パルガロ選手が肘を擦っていました。中須賀選手がシケインで周回遅れをパスしていきましたが、かなり攻めた走りをしても、車体は安定していました。

耐久レース使用でもライトは両目のままです。配線的に外せないそうです。トップチームのYAMAHA FACTORY RACING TEAMも同様です。ヤマハの自信を感じます。

■ストーナーはやっぱり速い
クラッシュ原因はアクセルの張り付きでHRCは自分たちの責任だと認めたので、ストーナーは無罪です。ここまで平謝りということは来年も来てねというメッセージだと思います。確かにR1は速かったですが、あのまま走っていれば十分R1を脅かしたと思います。

■TEAM GREEN
渡辺一樹選手(25)の予選タイムが、現役MOTOGPライダーの駆る新型R1から0.3秒弱落ちです。相変わらずストレートは速いし、マシンもライダーもいい感じなのにトラブルでスローダウン。カワサキは毎年マシントラブルに泣かされているイメージです。なんで新幹線作ってるメーカーのバイクからオイルがにじむんでしょうか?(編注:新幹線のモーターにはエンジンオイルが入っていないからだと思います(笑))

■地味にドリームチームだったTEAM KAGAYAMA
加賀山・芳賀・清成のメンバーはすごいと思うのですが、ほかの話題に埋まってしまったような・・・プライベーターがヨシムラを抑えて三年連続3位は快挙だと思います。来年度にはGSX-Rも可変バルタイがついて刷新されるらしく期待です。

■ドカはダメ(すいません・・)
TEAM SUGAI RACING JAPAN 旧型の1098Rの37位が唯一です。パニガーレ全滅しました。うち1台は予選落ちとなっていました。クラッチに弱点を抱え、4時間ほどでダメになる、とか?(未確認情報です)パニガーレの形は好きなんですが、どうも成績はイマイチですね。
しかし去年は無くなっていたドカブースが復活していました。スクランブラーは売れているようですし、頑張ってほしいところです。

■速いんだけど目立たないBMW
本当に地味です。マシンも格好いいんですが・・・WSBKを撤退した割に新型を出すわ、よくわかりません。

■商売上手のKTM
TEAM HOOTERS KTM with Syota SAITO は37位のドカを抜いて31位です。

フロントをクイックリリース方式に改造しただけで、後は純正チューニングパーツしかつけていないとのこと。社是が Ready to race なので、あなたにもレースマシンが買えますよ!ということをアピールしたいようです。

JSBとかアジア選手権は「金がかかるレギュレーションになってるので」KTMジャパンとして参戦予定はないとのことです。8耐のようなお祭りで目立つ方針のようですね。

■その他プライベーター
マシンにまたがらせてくれたりします。レースには真剣ではあるんですが、どこかお祭りムードもあって良い雰囲気ですね。


アンカー RHM9SL ヨシムラ仕様モデル


1959 ホンダ RC160

ホンダ初のDOHCフォア。’59年浅間で開催の第3回全日本オートバイ耐久レースに5台が初出場。他を圧倒する走りで上位を独占した。(優勝車 No.163 島崎貞夫)

1980 スズキ GS1000R

GS1000のエンジンエンジンチューンを「ヨシムラ」が担当し、車体をスズキが担当してレースで好成績を残した。代表的なものではAMAスーパーバイクで1979年、1980年の年度優勝。デイトナのスーパーバイククラスで1978年、1979年、1980年、1981年の優勝。1978年の第一回鈴鹿8時間耐久ロードレースでは、当時、ヨーロッパで敵無しの無敵艦隊と呼ばれたホンダ・RCBを破り優勝した。鈴鹿8耐1980年、1983年の優勝、FIM世界耐久選手権1983年は年度優勝した。(wikiより)

1985 ヤマハ FZR750

1985年の8耐は、ヤマハファクトリーの本格参戦により空前の盛り上がりを見せた。焦点は「YAMAHA TECH21 レーシングチーム」、平忠彦、ケニー・ロバーツ(米)選手組の出場だった。マシンはこの年デビューしたばかりの市販「FZ750」ベースに開発のFZR750(0W74)。水冷DOHC直列4気筒5バルブエンジンは、専用開発アルミ製デルタボックスフレームに搭載された。

一線を退いてからのブランクを心配する声をよそに、鈴鹿初登場のロバーツは予選で唯一2分20秒をきる19秒台を叩き出しポールポジションを獲得。スタート時の始動に手間取り最後尾からの追い上げとなるが、インからアウトからと次々に先行車をパスすると10周目に6番手に。15周目に4番手、1時間経過後には3番手にあがっていく。そして、約3時間経過の67周目からはトップを独走。

夕闇の頃には2番手に1分30秒ほどの差をつけていた。会場にいる誰もが「#21の初出場・初優勝!」を予想し始めていた6時58分、マフラーから放出されるガスに白煙が混じっていた。その時マシンを操っていた平は、コントロールライン直前で停止する。結局182周、順位上は17番目だったがチェッカーを受けることは出来なかった。その日からTECH21ヤマハと平の“雪辱を果す”挑戦が始まっていった。(公式HPより)

1991 ホンダ RVF750

’91年世界選手権耐久第3戦、鈴鹿8時間耐久レース出場車。ゴールデンコンビにより優勝、予選も1位の完全制覇を達成。(No.11 W.ガードナー/M.ドゥーハン)

1993 カワサキ ZXR-7

1988年、カワサキファクトリーチームが活動を再開。1991年には早くも、世界耐久選手権を制覇する。その後1992年、1993年ともに他者を寄せ付けない強さで連覇。1993年には世界のトップライダーによって競われるスプリント耐久、鈴鹿8耐でS・ラッセル/A・スライト組が優勝し、地元日本のカワサキファンを喜ばせた。(公式HPより)

1964 ホンダ 2RC146

’63年の4気筒125ccレーサーRC146の改良型。’64年マン島TTで1-3位独占。12戦9勝してマニュファクチャラーズタイトル獲得。(オランダ TT優勝車 No.4 J.レッドマン)

1966 ヤマハ RA97

1967 スズキ RK67

1969 カワサキ H1R

1978 ヤマハ YZR500

1979 ホンダ NR500

世界に類のない各気筒に8バルブを配置した画期的な楕円ピストンV型4気筒エンジンを搭載した注目のロードレーサー。(’79年イギリスGP出場車 No.5 片山敬済)

1982 カワサキ KR500

1982 スズキ RGΓ500

1984 ホンダ NS500

1997 ヤマハ YZR500


スズキのワークスマシンにホンダ純正グリップラバーが使用されています。


■ウラル
第2次大戦前のBMW、SVモデルR71のコピーから始まったソ連のウラル(この時はまだ前身のIMZ)ですが、戦後は大戦中にドイツ軍で大活躍したOHVモデルR75のコピーに切り替え、以来70年間、R75コピーモデルを細々とした改良を加えながら継続して生産しています。

R75サイドカーはカー側のタイヤも駆動する2WDでしたが、ウラルのサイドカーは2WDと1WDを選択できるようです。その差、約30万円、日本では、ウラル・ジャパンなる組織が最新モデルを販売しています。

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