2016/11/06 ヤマハ歴史車両デモ走行会・見学会

ヤマハ袋井テストコースで開催される同イベントは2008年以来、8年ぶりの開催とのこと。ヤマハが収蔵する歴代オートバイと四輪車の展示とデモ走行が行われました。遠路はるばる参加されたM好さんのレポートでお送りいたします。


TOYOTA 2000GT

よく知られている通り、ヤマハの持ち込みネタにトヨタが食いつき、形となったがトヨタ2000GTです。007のロケ地が日本に決まった時、日本には2000GTが存在していて本当に良かったですね!


1955(昭和30)年にオートバイ製造に参入したヤマハは、4輪メーカー転身を目論み、1959(昭和34)年末頃から独自にスポーツカーの研究・開発に取り組んでいましたが、ついに1963(昭和38)年、エンジン関連で提携関係にあった日産と組んで、その研究の成果を世に問うことが決まります。1964(昭和39)年には、細部の仕様が異なる試作車3台の完成まで漕ぎ着けます。これがトヨタ2000GTの「元ネタ」とされる「YAMAHA A550X」あるいは「NISSAN 2000GT」です。

それをそのまま販売したら、200万円以上の価格になるとの試算が出ると、日産は、それではあまりに高価すぎると、プロジェクトをお蔵入りにしてしまいます。2000GTの開発を白紙に戻した日産は、1965(昭和40)年、ダットサン・フェアレディ(SP310型)フレームにクーペボディを載せた「シルビア」を発売しています。価格は120万円でしたが、十分高価なクルマでありました。

2000GTをあきらめきれなかったヤマハは、その成果を持ってトヨタにアプローチ。その後はよく知られているとおり。1967年に市販された2000GTの価格は、日産の試算通り、驚愕の200万円オーバー(238万円)でありました。

OX99-11

F1にエンジン供給していた頃のヤマハが、バブル経済の勢いに乗ってF1用エンジンをデチューンして積んだスーパーカーを1億円で販売しようするも、ポシャってしまったOX99-11。(みんな忘れています(笑))


LEXUS LFA

例によってエンジンを共同開発しています。


1985 YZF750


60年台の125cc、250ccのGPレーサー。この画像だけだと、車種の特定は難しいですね。


1978 TZ750


1980 YZR500


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